ウルトラウーマン(2011年6月:阿蘇カルデラスーパーマラソン100km)

「あなたは100キロを一日のうちに走り通したことがあるだろうか? 世間の圧倒的多数の人は(あるいは正気を保ってる人は、というべきか)、おそらくそのような経験をお持ちにならないはずだ。普通の健常な市民ならまずそんな無謀なことはやらない。僕は一度だけある。朝から夕方までかけて100キロのレースを完走した。」

<村上春樹のエッセイ:走ることについて語るときに僕の語ること>、より引用

一昨年は84km地点の関門を10分オーバーし、無念の強制リタイアとなった阿蘇カルデラスーパーマラソン。
2度目のチャレンジとなる今回は、前回の反省を活かし、いくつかの改善を試みてみた。

・改善点その1
私のペース=負荷で、13時間半に動き続ける間に必要となるカロリーを計算すると、約5500kcalにもなるらしい。

前回走った経験では、阿蘇のエイドには高カロリーの物は置いてなかったようなので、スペシャルドリンクで自給自足することにした。
この大会は親切なことに、10kmおきのエイドで個人のスペシャルドリンクを預かってくれるのだ。

もう今シーズン最後の大会なので、手元に残ったカーボショッツ=高カロリーゼリーなどを、賞味期限が切れる前に使い切る事に。特に意識が朦朧としてくる後半には、カフェインを含んだものを大量投入してドーピングしまくる計画を立てた(^_^;)

・改善点その2
高低差500m=アップダウンの多いコースなので、転ばぬ先のテーピングを両足の膝と踵にも巻く事に。これはトレイルランでの経験が役に立った。

・改善点その3
普段から荷物は多い方なのだが、前回は携帯をバックパックのポケットに入れて走ったら、左肩の頸椎を痛めてずっと腕~指が痺れてしまったので、今回は極力荷物は減らして、携帯も入れずに軽量化。ただしsaikoさんから貰ったお守りは肌身離さず持ってゆくことに。

・改善点その4
午後からの日差しで、時間の経過が分かるのはイヤになるので、後半はサングラス効果で、脳を騙し続ける(^_^;)

・改善点その5
キロ表示が2.5km毎なので、ペースが分かりにくい&オーバーペース防止に、猫ひろしが宣伝してる、リアルタイムで距離やペースが分かるARESのGPS時計を導入。給水も2.5km毎なので、100均で買った調味料入れ(笑)をマイ水筒としてそのまま持ち歩き、いつでも喉が渇いたら飲めるように。

・改善点その6
前回は前半が雨で冷えたのでロングスリーブを着ていったら、後半は晴れて暑くて酷い目にあった。そこで今回は中間点で半袖Tに必ず着替えることに

・改善点その7
実はこれが一番効果があったのかもしれないが、、、2ヶ月前に歯を悪くしたのをきっかけに、ゴールへの願掛けを兼ねて酒と間食を止めてみた。するとコンスタントにトレーニングが出来て、体重はマイナス2kg、体脂肪はマイナス2%、筋肉量はほぼ変わらず、のベストコンディションとなった。

。。。という下準備をしてみた。100kmの部に出走する知人らは皆、フルを4時間以内で走れる強者ランナーばかりだ。私のように走力のない者は、これくらい周到?な作戦を立てないと対応出来ない。

そしていよいよ阿蘇当日。本番を迎え、5時~18時30分までの、制限時間13時間30分の1本勝負が始まった!

(1)スタート~20km地点
一昨年と違い晴れて気温も上がりそうだったので、半袖Tに薄手のウィンドブレーカーを着てスタート。けっこう後ろにつけてるのに、周りのペースが速過ぎる気がする。。。と思ったらやはり20kmまではキロ6分で、明らかにオーバーペースだったので、ここからはちょっと落とすことに。

走る前には左膝に痛みがあったのが心配だったが、そんなことは杞憂だった。何故なら走ってるうちに、左膝だけではなく、右のスネや肩や足の指などへ、次々と痛みが移り変わり、もう体中あちこちが痛くなっていったからだ(^_^;)

(2)20km~35km
20km地点から傾斜18%の激上り坂が始まる。ここで張り切り過ぎて心拍数を上げないように注意。近くにいた男性から「この上りってどれくらい続くんですか?」と訊かれたので「たった3kmくらいですけど、長く感じますよね~」と返した。その一言にダメージを受けたらしく、彼はどんどん後方へと下がっていった(^_^;)

前回は84km地点の関門16時10分のところを、16時20分に着いてタイムオーバー。そこで今回は関門に10分くらい余裕を持って、前より20分早い=16時に到着する作戦にした。
35km地点の通過時間は、だいたいフルのゴール時間と一致するのだが、前回は4時間25分。今回は4時間10分なので、15分ほど早く来てて、いいペースになっているようだ

(3)35km~中間点
しかし、それから予想以上にペースが落ちて行ったようで、中間点の到着時間は6時間3分で、前回の6時間5分と変わり映えしない。
これじゃ、20分早く関門到着は無理かも(T_T)。あーまた今回も完走は出来ないのか?!不安が胸をよぎる。
 
「ダメじゃん!猫ひろしの役立たず!」 (ノ`Д´)ノ彡┻━┻
。。。別に猫ひろしのGPS時計が悪いわけではなくて、全て自分のせいなのだが。。。

前半のペース調整がうまく行かなかったことに腹が立って、GPSを外して中間点のバッグに押し込む。もうここから後半は、普通の時計だけにして自分の身体でペースを感じつつ、突き進むしかない!

(4)中間点~60km
中間点でエスカルゴ5半袖シャツに着替え、サングラスを着用。沿道の応援を受けて威勢よく出発。

ゴールには一歩づつ近づいてると信じて、慌てず諦めないことに。なぜなら、この先の後半50kmこそが、一昨年との脚力の違いの見せ所だからだ。
村上春樹氏もエッセイに書いていた通り、ウルトラ100kmにおいては「スタートから55km地点までは、さして語るべきことはない」のだ。問題はこの先45kmなのだ。

だが前回と同じく、左肩の頸椎を痛めたみたいで、腕ふりが出来ない。それでも走ってる内に、痛みが治まってきたので気づいたら、前後ではなく左右に腕を振るようなフォームに、いつの間にか変わっていた。こんな妙なフォームでは走るのは初めてだが、身体の状態に合わせて対応してゆくしかない。

ラッキーなことに、ウルトラランナーは腕を左右に振ってすり足=いわゆる省エネ走法が多いので、その中では違和感は無い。
先日のTV「DEEP PEOPLE」で有森さんらが話していた通り、人間は先天的に腕を前後に振れる人と左右に振る人に分かれるようで、どうやら私は後者のようだ。

(5)64.4km→ 通過時間:13時(前回13時10分)
64.4km地点の関門を13時ちょうどで通過出来た。84km地点の関門までのあと20kmは、3時間あれば間に合うかも?と望みが出てきた。

私にとって100kmの道のりは、フルマラソンにようにゴールまであと何キロ、とかいった尺度ではなく、次の関門までをどうやって通過出来るかにかかっている。この現在の一瞬一瞬を耐えて、ゴールに近づいてゆくしかない。人生と一緒で、いかに無様な格好になろうがロードはずっと先へと続いている。

(6)72.5km→ 通過時間:14時15分(前回14時30分)
上りは歩き、下りとフラットな箇所はなるべく走る方針で。トレイルで培った経験を活かし、早歩きとゆっくりジョグを繰り返して、休まず進み続ける。
前回はここの箇所はほとんど歩いてしまったが、「何しに来たんかい? 歩きじゃないだろーマラソン走りに来たんだろ!」と自分に言い聞かせて、走れる所は走った。

72.5kmの関門を25分ほど余裕を持って通過。この距離まで来ても走れる点が、2年前との大きな違いだ。

私設エイドで、「これが一番元気が出るよ!」とビールが振る舞われていたので、ちょいと口をつけてしまった(^_^;)
完走後に解禁するはずだった酒断ちをすでに解いてしまったので、もう何が何でもゴールしないとシャレにならない(苦笑)

途中、見覚えのあるキャンピングカーの前を通ったら、らくろあ夫人が気づいて冷たい缶入りコーラを渡してくれた。頭や首を冷やしながら飲んだら生き返った心地がした。

75km地点を過ぎて、コースはいよいよハイライトの、象ヶ鼻への上りへと入ってゆく。

(7)84km地点→ 通過時間:15時57分(前回16時20分)
この辺りで、50kmの部のゼッケンをつけた人達をけっこう見かける。やはりこの上りは、走るには堪えるようだ。

ひたすら歩いて80km地点のエイドに辿り着く。スペシャルドリンクが大量に残っていて、スタッフの人達が「100kmの部の人達が、まだ半分以上来ていない」と話していた。私でさえ関門ギリギリなのに、皆大丈夫なのだろうか? この分では、完走率は悪くなるかもしれないな。。。

やがて見覚えのある82.5kmの看板が目に入る。そして更に進むと、ついに関門まであと1kmの表示が現れた! 前回リタイアした地点まで、もうちょい。これなら間に合う! 念願の84kmの先まで行けるぞ!

そして84km地点の関門を、計画通り13分前に通過。一昨年の泣き顔の自分の姿がダブって、サングラスの下で目がウルウルしてしまう。
ここを過ぎた時点で、もう今回の目的は果たしてしまったような気がしてたのだが。。。関門そばにいたペンチさんから、声をかけられて我に返った。

「あとはもう下りで残り16キロ、行けるよ!」。。。そうだった、まだレースは終わってないのだ。ここまで来たらゴールしないと、もったいないぞ!

(8)92km地点→ 通過時間:17時(関門:17時20分)
ここから先は未知の領域。84kmよりも長い距離を進むというのは、生まれて初めての経験だ。
コース地図では、すぐに下りになってるように見えるのだが、行けども行けども緩やかなアップダウンが続くばかりで、先が読めない。

ずっと歩いていたので、このまま走れなくなるのでは?と心配になって地面を蹴ってみたら、何とまだ走れるではないか! しかも、もう歩こうが走ろうが、身体のキツさは変わらないという状態だ、信じられん!

だが下り箇所にはなかなか行きつかず、段々と「これは何かの罰ゲームではなかろうか?」と腹が立ってきた。大体、なぜ自分はこんな苦しいことをやってるのだろうか。。。理不尽な怒りが募ってきた(苦笑)

ようやく激下り坂へ差しかかる。ここはもう怒りにまかせて、一気に4km余りを駆け下りてやった。右膝の裏が攣りそうだったが、なんとか最後まで持ちこたえた。トレイルの経験がここでも役に立った。

最後の関門を20分余裕を持って通過したおかげで、ちょっと楽が出来そうだとホッとした。あと8km、残り時間は90分。これなら歩いてもギリギリでゴールが見えてくる。

だが、のん気な私でも、12時間以上も動いてたら、さすがにうんざりして、一刻でも早く終わらせたい気分になっていた。早歩きとちょこっとジョグを繰り返して前へと進む。

周りを見ると不思議なことに、ここに来てまだ走れてるのは、50kmの部では無く、100kmの部の人達ばっかりだ。なぜ90km以上も進んできた人間が、40kmしか来ていない人達よりも走れるのか?。それはゴールに向かう執念の差ではないだろうか?!

ウルトラトレイルドモンブラン(アルプス山脈を160km走る、世界最高峰のトレイルランレース)のドキュメンタリー番組で見た、80歳のランナーの言葉を思い出す。「こんな長い距離を走れるのは人間だけだ。動物はキツければ途中で止めてしまう。人間には魂があるから走れるんだ」と。

前を向いて進んでるのは皆、フィニッシャー(完走者)というよりも、サバイバー(生き残った者)と呼ぶにふさわしい。私みたいな非力なランナーが、この一群の中に居れることを、誇りに感じた。

内牧の賑やかな市街地へと入ってゆく。一昨年はバスで搬送された見覚えのある光景。名前を呼ばれる、ゴールゲートをくぐる。感動というよりも、やっと終わったなという安堵感の方が強かった。首にメダルをかけてもらって、ようやく念願のウルトラウーマンになれたという実感が湧いてきた。

。。。二度目のチャレンジで、初ウルトラマラソン完踏。前回リタイアした時もそうだったが、またこの先100kmレースに出るかどうかは、今はまだ分からない。ただ、ゴールするまで封印していた酒のボトルでもあけながら、しばらくはこの非現実的な、奇妙な高揚感に包まれていたいと思う。

★2011年 阿蘇カルデラスーパーマラソン(100km)
・記録:13時間11分22秒(前半50km:5時間59分54秒/後半50km:7時間11分28秒)
・男女総合;460位/521名
・完走率:100km男子 478名/759名(63%) 
     100km女子 43名/89名(48%)